2001 年のなんでもセミナー


11/22 & 29タイトル:フォンノイマン環のはなし

発表者:戸松 玲治 氏

ヒルベルト空間Hで有界線形作用素のあつまりをB(H)とかきます。 B(H)には自然に足し算や掛け算やスカラー倍、そして*演算が定義されます。 B(H)の部分環に興味があるわけですが、 *で閉じていることと位相で閉じているものを考えます。 B(H)にはたとえばノルム位相と弱位相が入るのでここで2種類の環が生ずるわけです。 これには特別に名前がついていて前者をC*環、 後者をフォンノイマン環といいます。 フォンノイマン環はぱっと思いつく具体例がだいたい2つしかないので 例を構成するのが大事です。 今回はその例を構成するのを目標にして初歩から説明したいと思います。

1:始まり フォンノイマン環の定義とdouble commutant theorem

2:中頃 フォンノイマン環のprojectionとタイプ分け

3:終わり 具体例の構成

必要な知識

ヒルベルト空間の有界線形作用素、局所凸位相

参考文献

M.Takesaki: Operator algebra I (Springer Verlag)

11/15タイトル:岩澤類数公式

発表者:山本 修司 氏

内容:代数体の類数は,代数的整数論における興味の対象として重要な位置を占めるものの一つである.その振る舞いは一般に言って微妙なものであり, 例えば代数体の拡大に対して,それらの類数は一般には無関係である.

ところが,1950年代後半,岩澤健吉は次のような定理を発表し,ある種の代数体の族に対してそれらの類数(のp-part)の間に規則性が存在することを示した:

素数pを固定し,有理数体Qに1のp^{n+1}乗根を付加した体をK_nとおく.K_nの類数のp進付値をe_nとおく.このとき次のことが成り立つ:

(1) e_0=0ならば,すべてのnについてe_n=0.

(2) 定数m,l,cが存在して,十分大きなnに対して e_n=mp^n+ln+cが成り立つ.

(2)が標題の岩澤類数公式である.これはより一般に,Galois群がZ_pと同型であるような拡大(Z_p拡大)に対して成立する.今回のセミナーでは,これらの定理の証明を行う.

上記の定理の証明は,発表後ただちに,SerreによってZ_p[[T]]上の加群の構造定理を用いる形に整理された.現在この証明がstandardなものとなっているので,今回の発表でもこの方法を扱うことにする.

予備知識:

Galois理論,および代数的数論の基礎的な事柄(イデアル類群,素イデアルの分解,分岐など).

10/25,11/1,8タイトル:一般ホモロジー&コホモロジー理論

発表者:松岡 拓男 氏

内容:位相空間に対するいわゆる通常の (ordinary) ホモロジー理論(= 特異ホモロジー理論)は Eilenberg-Steenrod の公理とMilnor のウェッジ公理を満たし,逆に CW複体の圏上においては これらの公理で特徴付けられます.これらの公理のうち,正規化条件である次元公理:

「H_*(*;G)=G (* は1点からなる位相空間,G は係数群).」
以外の全ての公理を満たす理論を一般ホモロジー理論といいます.また,一般コホモロジー理論も同様に定義されます.このような理論には,通常の(コ)ホモロジー理論の他にも安定ホモトピー群,Grothendieck-Atiyah-Hirzebruch の K理論などの例があります.

今回は一般コホモロジー理論に関する以下の基本的事実を説明したいと思います.

また,具体例もいくつか眺めてみたいと思います.これだけの内容なら安定ホモトピー圏は構成するまでもないので,そうはせずに,素朴に議論したいと考えています.ただし,安定ホモトピー圏が必要になる理由,それが持つべき性質も説明できたらよいと考えています.

以下は目次です.

0.Preliminaries
1.不安定(!)ホモトピー群
2.一般(コ)ホモロジー理論の公理
3.Spectral (コ)ホモロジー理論
Appendix 安定ホモトピー圏

予備知識として

を仮定します.第1の「基本的事実」の証明にのみ spectral sequence も使います.

10/18タイトル:Besicovitch 集合とその周辺

発表者:斎藤 新悟 氏

内容:R^n の部分集合で,任意の方向の長さ 1 の線分を含み,Lebesgue 測度が 0 であるようなものを,n 次元 Besicovitch 集合といいます。2 次元 Besicovitch 集合を単に Besicovitch 集合ということもあります。

Besicovitch 集合は,Besicovitch(1919)によって初めて構成され,Perron(1928)などによって,より簡略化された構成法が与えられています。

Besicovitch 集合の応用例としては,掛谷問題:「長さ 1 の線分が一回転できるような,面積最小の図形は何か」が,Besicovitch によって 1928 年に「任意の \epsilon>0 に対して,Lebesgue 測度が \epsilon 未満で,長さ 1 の線分が一回転できるような図形が存在する」という形で解決されたことが挙げられます。

Besicovitch 集合の Hausdorff 次元が 2 であることは,Davies によって 1971 年に証明されていますが,d 次元 Besicovitch 集合の Hausdorff 次元は,d \ge 3 のときは未解決で,d であると予想されています。このことは,実解析学の多くの未解決問題と密接な関係があるそうです。

今回のゼミでは,上記のような,Besicovitch 集合についての性質についていくつかお話したいと思います。

予備知識としては,R^n の Lebesgue 測度についてごく基本的なことを知っていれば十分だと思います。


10/11タイトル:代数学の基本定理

発表者:中岡 宏行 氏

内容:代数学の基本定理,すなわち「1次以上の任意の複素係数多項式は複素数解を持つ」という事実にはいくつか証明が与えられていますが、今回は層を用いた証明の話をします。定義と若干の補題で証明されるもので、詳細はB.Iversen著・前田博信訳「層のコホモロジー」P.159に書かれています。

目次

1.代数学の基本定理(層による証明)

2.Appendix

予備知識:不要


9/27タイトル:量子化学と表現論

発表者:篠原 克寿 氏

内容:量子化学は、量子物理学の枠組みにそって物質の性質を研究していこうとする学問です。ですから、Schr\"{o}dinger方程式を解くことが自然現象分析の第一歩になるわけです。ところで、分子構造の幾何学的対称性に着目することにより、微分方程式と本格的に闘うことなく、いくらかの情報を、例えば結合の強さなど、を得ることができます。

対称性という幾何学的な情報を数学的に記述するために、その対称性と関係のある群を考察するという手法が用いられます。そして、この群を表現論の観点から分析することにより、様々な有益な情報を得ることができるのです。

今回の発表では、この対称性の情報を担う群(対称性群と呼ばれます)を実際に構成してみて、それを表現論の立場から考察してみるという話、そしてその考察がどのように量子化学に役にたつかということについての話をする予定です。ただ、現場でこれらの武器がどのように使われているかまで話をするためには、それなりの化学の知識を要求しなければならないので、そこまで本格的な話まではできないだろうと思います。

予定:

1.有限群の線型表現

2.量子化学の基礎

3.対称性群

4.応用(対称性適応線形結合論か分子軌道論) <-- 時間が許せば

予備知識:

数学については、有限群の線型表現の話を聞いたことがあれば大丈夫です。Serre"Linear representation of finite groups (GTM42)"のPart I程度の知識があれば申し分ありません。使う内容はまとめて説明します。

化学と物理の知識に関しては、高校生の常識程度があれば十分です。暇があれば、せっかくの機会なので、物理化学の教科書(Atkins, Barrow, etc...)でも眺めてみるといいかもしれません。


9/13 & 20タイトル:曲線の安定還元定理

発表者:三枝 洋一 氏

内容:非特異(複素)代数多様体Xから単位円盤Dへ写像があり,0以外の点p\in DのファイバーX_pが非特異になる状況を考えてみましょう.このとき,基本群\pi_1(D\{0},p)は自然にX_pに作用し,この作用はX_pのコホモロジー群H^q(X_p,Z)への作用を誘導します.これが(コホモロジー群への) モノドロミー作用と呼ばれるものです.今回のなんでもセミナーでは,モノドロミー作用を調べることが代数多様体の位相的性質を調べる上で重要であることをまず説明したのち,それをvanishing cycleという道具によって調べます.また,その応用として,曲線の場合の安定還元定理を証明します(安定還元定理については以前の伊藤さんのアブストラクト を見てください).

予備知識はなるべく仮定せずに話せるよう努力したいと思います.具体的には,多様体,(特異)コホモロジー,層とそのコホモロジーについての知識があれば理解できるようにするつもりです.みなさん気軽に聞きに来てください.

目次

1. Introduction --Lefschetz' theory--

2. Definition of vanishing cycles

3. Calculation of vanishing cycles (semi-stable reduction case)

4. Application --proof of the stable reduction theorem--

おそらく2週連続の発表になると思います.初回は1-3, 2回目に4を話そうと思います.


7/19 タイトル:Cuntz環の紹介

発表者:勝良 健史 氏

内容:日頃から「C^*環、C^*環」と叫んでいる私ですが、今回はC^*環の面白い例であるCuntz環を紹介したいと思います。Cuntz環は1977年にドイツ人のCuntz(クンツ)によって定義されたC^*環で、今なおC^*環理論の中心的役割を担っています。(私の修士論文もCuntz環に関するものでした。)

セミナーではC^*環の基礎的な性質を説明するところから始めます。次に、AF(Approximately finite)環という非可換、無限次元C^*環の中で最も簡単なクラスを見ることにより、C^*環の議論に慣れていきます。そして、Cuntz環を定義し、最終的にCuntz環がsimple(単純)であることを証明します。時間に余裕があれば、Cuntz環がpurely infinite(純粋無限)であることや、最近の分類理論との関連も話したいと思います。

予定

§1 C^*環の定義
§2 AF環
§3 Cuntz環

予備知識

◎最低限知っておいてほしい知識
Banach空間の定義、線形代数や位相、Hilbert空間(self-dualであること等)、Hilbert空間上の作用素のことを少々

参考文献

テキスト…"C^*-algebras by example" Fields Inst. Mono. 6 K. R. Davidson

論文 … "Simple C^*-algebras generated by isometries." Comm. Math. Phys. 57 (1977) no.2 173--185, J. Cuntz


7/12 タイトル:リーマン面のトレリの定理の証明

発表者:田所 勇樹 氏

内容:閉曲面の分類定理によって、閉曲面はC構造において、種数(いわゆる穴の個数)によって分類されることが知られている(ハンドル分解などを用いればよい)。それでは、リーマン面(コンパクト一次元複素多様体、もしくはコンパクト向きづけられた実二次元多様体)の場合はどうであろうか。複素構造が入っているため、種数だけでは分類できない。そこでリーマン面から生まれてくる、特殊な因子(テータ因子)とヤコビアンを用いることで、分類可能な必要十分条件を記述できる(トレリの定理、おそらく20世紀初頭)。今回紹介するのは、H.Martensによるトレリの定理の証明である(「A new proof of Torelli's theorem」Ann.of Math. 78 107-111)。

予定

§1 Abel-Jacobi map とTheta divisor
§2 証明の準備
§3 Torelliの定理の証明

予備知識

◎最低限知っておいてほしい知識
リーマン面(一次元複素多様体)の定義、微分積分と線形代数ある程度、複素解析少々

◯知っておくとよくわかる知識
正則直線束と因子(リーマン面上で十分)、 Abel-Jacobi map、Abelの定理

参考文献

・Compact Riemann Surfaces Lectures in Math ETH Z\"urich R. Narasimhanの§13〜18

・モジュライ理論3 岩波講座 現代数学の展開 上野健爾・清水勇二著の第二章(と言っても昨日初めてこの本を開いた)

コメント

基本的には難しいと言うか、面倒くさい感じです。今回は、私の無知のために、定理の証明だけで終わってしまうと思います。何か面白い応用があったら、誰か教えてくださいな!

6/28タイトル:なんちゃってGalois剛性 I

発表者:伴 克馬 氏

内容:有理数体$\mathbf{Q}$上有限次元であるような体$\mathrm{K}$を 代数体といいます.一般に,体$\mathrm{E}$にたいして, $\mathrm{E}$の絶対Galois群を$\mathrm{Gal}_{\mathrm{E}}$と 書くことにします.このとき,包含写像

$\mathbf{Q} \hookrightarrow \mathrm{K}$

は自然にGalois群の全写

$\mathrm{G}_{\mathrm{K}} \to \mathrm{G}_{\mathbf{Q}}$

を与えます.ここで

$$ \{ \mathbf{\Q} \hookrightarrow \mathrm{K} \} \leadsto \{ \mathrm{G}_{\mathrm{K}} \to \mathrm{G}_{\mathbf{Q}} \} $$

という対応$\pi_{1}$を考えることにしましょう.この対応$\pi_{1}$は, 代数体のなす圈から,$\mathrm{G}_{\mathbf{Q}}$へのaugmentation をもつ副有限群のなす圈($\mathrm{G}_{\mathbf{Q}}$上の 連続外部準同形を射とする)への函手を与えます.このゼミでは, この函手が充満忠実であることを示そうと思います(“Tate予想”). これはNeukrich[Neu]によって提議され,内田興二の大変短い論文 [内田]により証明されました.一般に,有理数体上有限生成な体に たいしても,この函手は充満忠実であることがGrothendieckによって 予想されています……云々.

 要するに,“二つの代数体の絶対ガロア群のあいだに位相群としての 同型があるとき,代数体も同型である”“代数体の絶対ガロア群から, その代数体の自己同型群,つまり有理数体上のガロア群を求められる” ということです.それ以上のことはなにも致しません.

 

・予備知識:ガロア群と拡大体の対応を知っていること.  

・内容:内田興二の論文[内田]の紹介  

・参考文献

[内田] 内田興二“Isomorphism of Galois groups” (J. Math. Soc. Japan, Vol. 28, No. 4, 1976, pp.617-620)

[Neu] Neuklich“Kennzeichnung der endlich-algebraichen Zahlk\"orper durch die Galoisgruppe der maximal aufl\"osbaren Erweiterungen”(J. f\"ur Math., 238, 1969, pp.135-147)


6/21 & 7/5タイトル:F-特異点(F-singularities)について

発表者:高木 俊輔 氏

内容: F-特異点とは,Fronenius写像を用いて(より正確にはFrobenius写像の分解もしくはtight closureによって)定義された環のことであり,1980年代にHochster, Hunekeによって初めて導入されました.彼等の元々の動機は,正則局所環であることとFrobenius写像がflatであることが同値であるという事実(Kunzの定理)に注目し,Frobenius写像によって新しい環のクラスを構成するといった純粋に可換環論的ものでした(多分).

しかしながら,1990年代に入ると,原,Smith,渡辺等によって,F-特異点(F-regular,F-pure,F-rational)は森理論に現れる幾何学的特異点(log-terminal,log-canonical,rational)と対応していることが示されました.つまりF-特異点は幾何学的特異点の可換環論的特徴づけを与えていると考えられるのです.今回のゼミでは,この対応についてお話したいと思います.

また2000年になってSmith,原がF-regular ringの概念をglobalに拡張した,globally F-regular varietyを定義しました.globally F-regularというのは文字通りglobalな性質であって,多様体が非特異でも,globally F-regularとは言えません.この多様体に関する研究はまだ始まったばかりですが,globalに可換環論を展開しようとするこの試みは大変面白いものだと思います. このglobally F-regular varietyについても少しお話したいと思います.

予定:

1.F-regular ring とF-pure ringの定義及び例
2.F-regular ringとlog-terminal singularity
3.globally F-regular varietyの定義及び特徴づけ
4.消滅定理
5.応用

予備知識:

可換環論の基礎知識と(正規環(normal ring)の定義くらい)代数多様体に関する基本的な知識(Spec, Proj及びCartier因子の定義くらい)があれば十分だと思います.ampleの定義やCohen-Macaulay ringの定義を知っているとさらに良いかもしれません.

6/7 & 14 タイトル:E理論の紹介

発表者:オトゴンバヤル 氏

内容:K理論はGrothendieckによって発見されて以来様々な形で拡張されました。Atiyah-HirzebruchのトポロジカルK、Quillen, Milnorの代数的Kや局所バナハ環、C*環のK理論などは数学のあらゆる分野で活躍され今や欠かせない道具になっています。K-homologyもBrown-Douglas-Fillmore(BDF)のExtensionの理論によって実現されました。1980年にロシアの数学者Gennady KasparovによってK-cohomoly,K-homology,BDFのExt,Atiyahの抽象的楕円型作用素論などを特別の場合として含む優れものKK理論が作り上げられました。KK理論は作用素環論ではもちろん、幾何学、トポロジーなどでも強力のツールとして応用されています。(KK理論は一種の指数定理とも言えるでしょう)しかしKKには2の欠点がありなす。intersection productが非常にテクニカル+exact sequenceが一般にないと言うことです。これらを改善させたのがE理論です。

E理論はC*環の間の殆んどmorphismであるものをmorphismと見直すことによってできる非可換ホモトピー理論で、まずN.Higsonによってその存在が示され(categorically)その後A.ConnesとN.Higsonによって具体的に作られました。簡単なC*環上ではKKと一致します。今回のゼミでこのE理論を簡単に紹介したいと思います。

予定:

0.Preliminaries
1.Topological K for C* algebras
2.Asymptotic morphisms
3.C* algebra extensions and exact sequences
4.E-Theory
5.Universality
となっております。0と1は必要な事実を紹介するだけなので何も証明しません。5は時間が許せばお話したいと思います。(今のところメインの2,3,4も3時間で発表できる自信がないのですが)

予備知識:

関数計算とC*環について基本的なことを知っていればとりあえず大丈夫だと思います。昔勝良さんが「なんでもゼミ」でお話した非可換幾何のゼミの然るべき部分を覚えていれば充分でしょう。また、代数トポロジー、ホモロジー代数、カテゴリ理論の基礎の基礎は仮定します。


5/24 & 31 タイトル:虚数乗法論の紹介(III & IV)・モジュラー曲線の基礎事項と第一主定理

発表者:吉田 輝義 氏

内容:ここのところ格調高い現代数学の発表が続いて参加者が減少気味ですので,また私の発表では古典的な題材を扱おうと思います.虚数乗法論を軸に話を続けていますが,今回はモジュラー曲線に初めて出会う方を想定して,まずは上半平面の商空間としてのモジュラー曲線の基礎事項から始めて,Q上のcanonical model,そのアデール解釈といった話でモジュラー曲線や虚数乗法とお友達になろうという企画にします.

前半:

モジュラー曲線は,等質空間の不連続群による商空間の最も基本的な例として,まずはC上のRiemann面と考えるのがスタンダードな見方です.しかし,本来その研究の初期からEisenstein,Kroneckerらによる虚数乗法論の建設に用いられてきたものであり,歴史的にはむしろ産まれた時からQ上のモデルを持っていた代数曲線なのだといえるでしょう.虚数乗法論の文脈でモジュラー曲線・モジュラー関数の基礎事項をお話しするのはその意味でも理にかなっていると思います.

後半:

もう2度も虚数乗法論の紹介と題して散漫な話をしていますので,今回は少なくとも虚数乗法論の第一主定理の証明まではきちんと行う予定です.ただ,虚2次体上の虚数乗法論は今では0次元志村多様体(CM楕円曲線のモジュライ解釈を持つトーラス)とそのmod p代数幾何の帰結,として証明されるべきものですが,そのように完全に整理された現代的な証明を紹介できる力がまだ私にはありません.ただ,歴史的には,虚数乗法論の証明はKronecker-Weber-Fueter-Hasseらによるモジュラー関数を用いた解析的証明が最初であり,のちにDeuringの与えた純代数的証明がShimura,Deligneらの理論によって0次元志村多様体と解釈されるようになった,という経緯を持っています.つまり,虚数乗法論(0次元志村多様体)は始めからモジュラー曲線(1次元志村多様体)に埋め込まれた形で私たちの前に現れたのです.このようにモジュラー曲線に隠れて姿を現した虚数乗法論の奥ゆかしさに敬意を払い,始めから0次元のあられもない姿を眺めるのはやめて,まずはHasse,Deuringによって簡明に整理された最初の解析的証明を紹介したいと思います.

(プロ向け注:ここではmodular correspondence (Hecke correspondence) の合同関 係式(q展開原理によって示される)を用いて虚数乗法論が示されます.虚数乗法論 のモジュライ解釈による代数的証明が得られた結果,逆にCM点がモジュラー曲線の中 でdenseであることを用いて合同関係式が示されるようになったという経緯も注目に 値します.この転換が,谷山・志村の虚数乗法論から志村多様体論への展開の契機に なったように見えます.)

主な内容:

1.C上のモジュラー曲線:上半平面と1次分数変換

2.Q上のモジュラー曲線:canonical modelの意味

3.アデール解釈:志村多様体として

4.Hecke対応とモジュラー方程式,合同関係式

5.虚数乗法論の第一主定理:環類体の構成

全体としては複素関数論・Riemann面程度の基礎知識で分かるようにしますが,証明の細部や発展的な内容には代数的整数論の基礎知識が要求されると思います.Referenceは次の2つです:

(どちらも結構骨があります.もう少し普通に勉強してみたい人には,S.Lang, Elliptic Functions (GTM)がおすすめです.)

5/17 タイトル:p進積分の極小モデルへの応用

発表者:伊藤 哲史 氏

内容:高々末端特異点を持つ複素数体上の射影的な代数多様体であって,標準因子がネフになるものを,極小モデルといいます.任意の代数多様体は,うまく双有理変換を行えば,極小モデルになるか,あるいは低次元代数多様体へのファイバー空間の構造を持つと予想されています(極小モデルプログラム).従って,代数多様体の研究において,極小モデルの性質を調べることがまずは重要であるといえます.しかし,一般には,極小モデルは一意的ではありません.そのため,双有理同値な極小モデルの関係を調べることが,基本的な問題となります.

今回の「なんでもセミナー」では,これについての一つの結果

定理 : 双有理同値な滑らかな極小モデルはHodge数が等しい
の証明を紹介します.証明にはp進体上の代数多様体に対する「p進積分」が用いられます.極小モデルにp進積分を用いるアイデアはBatyrevによるものですが,ここではBatyrevの結果を一般化するために,さらに数論的な道具を組み合わせてHodge数の一致を示します.こういった代数幾何学の基本的な問題に対して,数論的なアプローチがうまくいくということは,注目に値すると思います.

なお,p進積分の複素数体上の類似として,「モチーフ積分」の理論がKontsevichやDenef-Loeserなどにより考察されており,永井さんの話にもあったMcKay対応などとの関係が近年活発に研究されていることを言い添えておきます.

余裕があれば,SL_nの玉河数やRiemann面上のベクトル束のモジュライ空間のHodge数の帰納的な公式についても述べたいと思いますが,これについてはまだどうなるか分かりません.

予定 :

1. 極小モデルプログラムの復習
2. p進積分
3. Weil予想とエタールコホモロジー
4. Chebotarevの密度定理
5. p進Hodge理論
(6. ベクトル束のモジュライ空間)

予備知識 : 代数多様体と微分形式の定義程度で十分理解できるように心がけます.非数論の方々に数論的な道具の紹介をすることを目標としたいと思いますので,数論的な部分については詳しく説明するつもりです.そのため,数論の方々には退屈な話になると思いますので,ご承知ください.


5/10 タイトル:McKay対応について

発表者:永井 保成 氏

内容:有限群 G の複素2次元表現 φ: G → GL(2,C) に対して商空間 X=C2/G を考えると,一般には特異点が現れます.表現が SL(2,C) を経由する時,得られる特異点を有理2重点 (rational double point) といいます.2次元の有理2重点は,完全に分類されており,その極小特異点解消 (minimal resolution) の例外因子の双対グラフはいわゆるADE-型のDynkin図形になります.

J.McKay は1980年の論文 [Graphs, singularities, and finite group, Proc. Symp. Pure Math. 37] の中で,有理2重点の極小特異点解消の例外因子から来るDynkin図形は,単射な線形表現φから来る表現のグラフと一致することについて触れました.

これを一般化し,有限群の SL(n,C) 表現とそれから来る商特異点の幾何学との関係についての問題を McKay対応 (- corespondence) と呼びます.McKay対応の問題は1990年代に盛んに研究されました.これは,上に書いたような純粋に特異点の幾何学の観点からだけでなく,数理物理,とくに,超対称性を仮定する場の理論から得られる Vafa の公式(やそれにまつわる数理的な内容)を数学的に論証するという立場からも自然に現れる問題だからです.

今回は,この McKay 対応について入門的なお話をしたいと思います.2次元の MacKay対応を観察し,更に,高次元におけるいくつかの McKay 対応の定式化と得られている結果について概観します.

目次

1. 2次元の通常2重点とその極小特異点解消
2. 例:An型特異点とDn型特異点の McKay 対応
3. G-Hilbert Scheme
4. 高次元の McKay 対応,また,その数理物理との関係

予備知識は,基本的な線形代数と,微分形式の記号法があればとりあえずは十分でしょう.例を中心としたなるべくわかり易い発表にする予定です.


4/26 タイトル:射影集合とその周辺

発表者:斎藤 新悟 氏

内容:位相空間において,開集合をすべて含み,補演算と可算和について閉じているような最小の部分集合族に属する集合を,Borel 集合と言います。Srivastava『A Course on Borel Sets』によると,Lebesgue は,『Sur les fonctions repr\'esentables analytiquement』の中で,

「R^2 の Borel 集合の R への射影は Borel 集合である」
という命題を自明としていますが,この命題は,Suslin によって反証されました。

実は,より一般に,非可算なポーランド空間(完備可分距離空間と同相な位相空間)において,解析集合(Borel 集合の射影)であるが,Borel 集合でない集合が存在します。

今回のゼミでは,上の事実も含めて,射影集合(Borel 集合を何度か射影したものやそれらの補集合)に関することをお話したいと思います。

予備知識としては,上記のポーランド空間の 定義に出てくる単語が分かれば十分だと思います。


4/19 タイトル:Hodge分解の代数的証明

発表者:三枝 洋一 氏

内容:複素数体上の代数幾何においてHodge理論は強力かつ基本的な道具であり,さまざまな場面で利用されます.しかし,その証明は調和積分論を用いた難解なものであり,代数的に図形を扱いたいと願う人々にとっては解析学を用いた証明しか存在しないのが不満であったに違いありません.

喜ばしいことに,1987年,Hodge理論のうちの一部であるHodge分解の代数的な証明がDeligne及びIllusieによってなされました.その証明は代数的であるばかりか,(調和積分論に比べて)驚くほど簡単なのです.今回のセミナーでは,この代数的証明について述べたいと思います.

予備知識としては,基本的な代数幾何の知識さえあれば十分でしょう.その他に利用する事実については,最初に説明したいと思います.

目次は下のとおりです.

0. intro・・・classicalなHodge Theory
1. preliminaries (derived category, Frobenius morphism, Cartier operator,...)
2. Main theorem
3. Kodaira vanishing

2/22,29,3/8 タイトル:エキゾチック 7-球面

発表者:松岡 拓男 氏

内容:エキゾチックな微分可能多様体とは、よく知られたある多様体と位相空間としては同相だが微分同相ではないような多様体のことです。これまでにいろいろなエキゾチックな多様体が知られていますが、それらのうち最初に見つかったのがエキゾチック7次元球面、すなわち多様体 S^7 に同相だが微分同相でない微分可能多様体です。これは 1956年に Milnor が発表したものです。今回はこのエキゾチック7−球面を Milnor & Stasheff, Characteristic Clasess (1974) の§20 に従って構成しようと思います。

エキゾチックな多様体のような話題は数学全体から見れば小さなことに過ぎないのかも知れませんが,微分トポロジーにとって Milnor の発見には、単に位相構造のみを扱うトポロジーからの独立を宣言する出来事としての重要性があるようです。またこのような多様体が実際に構成できてしまうというのは驚きに値するのではないかと思います。

さて、同相な2つの多様体が微分同相でないことを示すには、たとえばde Rham コホモロジーを比べても意味がなく、もっと微妙な議論が必要になります。実はこの部分の証明には特性類(特に Pontrjagin 類)の理論が使われるのです。そこで、今回のゼミでは Pontrjagin 類の代数トポロジーによる構成から入っていきたいと思います。

予備知識としては代数トポロジーを少々仮定したいのですが、私自身高度な道具を使えるわけではないので、たいした知識は必要ありません。具体的には今までに(コ)ホモロジー群を使ったことがある方なら大丈夫でしょう。今回証明なしで使う定理は最初におさらいして、知らない事実が出てきても話全体が分からなくはならないように配慮します。

その後の発展を少し述べれば、Milnor と Kervaire によってエキゾチック球面の分類がほぼ完全に与えられています。しかし、今回は発表者の勉強不足のため、この話題に触れることはできないと思います。エキゾチック球面については田村一郎著、微分位相幾何学、第11章に詳しい記述があります。


2/15 タイトル:虚数乗法論の紹介(II)

発表者:吉田 輝義 氏

内容:最近のゼミではきちんと予備知識を仮定して証明をやってくれる人が多くて,とてもいいことだと思います.ぼくも,今までのように好きなようにしゃべりちらすのはやめ,もう少し『勉強になる』発表にしたいと思います.

虚数乗法論の内容は前回のアブストラクトでも説明したのですが(前回参加していない人はホームページを見てください),要するに虚2次体上で具体的に類体論を記述するものです.といっても,前回はいろいろなことを証明抜きで話してしまったのに対し,今回は基礎的なところから導入をはかるので,虚数乗法論の細かい内容までは到達しません.

対象としては,3年生向けの環・体・Galois理論に関する講義を一通り聴いたことのある人,ということにします.Riemann面や基本群についても少しが知識があればより楽しめると思います.虚数乗法論は,有理数体上の円分方程式論の直接の拡張ですから,円分方程式の話が中心になってしまうと思います.項目としては,

はきちんとできると思います.分量を見ながら, などについて証明できることを証明していこうと思います.

整数論は,初等整数論のちゃちな動機づけがあることと,おそろしく高度な道具を駆使することのギャップによってわたしたちにとって近寄りがたいものになっていると思わるので,その間に橋をかける試みにしたいと思います.内容は前回と重複しないように心がけます.


2/8 タイトル:Fourier変換とPontryagin双対定理

発表者:山本 修司 氏

内容:実解析におけるFourier変換(or 展開)とはR(or R/Z)上の関数からR(or Z)上の関数を得る操作ですが,ここにあらわれる

R --> R
R/Z --> Z
という対応は,局所コンパクトアーベル群とその指標群の対応
G --> \hat{G}=Hom(G,S^1)
に一般化され,G上の関数を\hat{G}上の関数にうつすFourier変換論(とくに逆変換公式)ができます.さらに\hat{G}は(適当な位相により)再び局所コンパクトとなり,\hat{\hat{G}}=Gという双対性(Pontryagin duality)が成り立ちます.

Pontryagin dualityは初めは局所コンパクトアーベル群の構造定理を用いて証明されましたが,今ではFourier変換論(あるいは表現論)を用いた証明が知られており,そちらのほうがstandardな証明と考えられているようです.

今回のゼミでは,まず有限アーベル群のdualityを上のような立場から証明し,一般の局所コンパクトアーベル群をどのように扱えばよいかを考えます.発表者の勉強不足のため,証明の細部はもちろん,本来重要なはずの点にも必ずしも踏みこめないかもしれませんが, 大雑把な枠組みぐらいは分かるような発表にしたいと思います.(かなり弱気です.ほとんど「ナニモワカラナイ!」という状態なので.)

予備知識としては,群,位相,測度といった基本的な概念のほかに,RやR/Z上のFourier解析,有限群やコンパクト群の表現論などについて知っているといいかもしれません.もっとも,知らない事実をおおらかに受け入れられる人なら大丈夫でしょう(笑).


2/1 タイトル:ζ(3) が無理数になることの証明

発表者:伊藤 哲史 氏

内容: ζ(s) = 1 + 1/2^s + 1/3^s + 1/4^s ... で表される関数をリーマンのゼータ関数と言います.ζ(s)の値は様々な "ふしぎ" を持っていると考えられていますが,例えば s が正の偶数のときは,ζ(2) = π^2/6, ζ(4) = π^4/90 などのように,ζ(s) = π^s × (有理数) と書けることが知られています.しかし,s が正の奇数の時は,(s=1の場合に ζ(1) = ∞ となることを除けば)ほとんど何も知られていないと言っても過言ではありません.

今回の "何でもゼミ" では,その最も簡単な場合である,s=3の場合について,

Aperyの定理 : ζ(3)が無理数である
の証明を扱います.Aperyによって1978年に証明されたと主張された当時は,様々な噂が飛び交ったそうですが,今日ではAperyの証明は正しかったとされています.なお,
1) ζ(3) = π^3 × (有理数) と書けるのか?
2) s が5以上の奇数のときは,ζ(s)の値は無理数か?
などが気になるところですが,(私の知る限り)これらは未だに全く知られていません.

van der Poortenの論説に "A Proof that Euler Missed..." とあるように,Aperyの証明は,Eulerの時代に発見されていてもおかしくないほど,初等的なものです.必要な道具はその都度説明しますので,予備知識は特に必要無いと思います.余裕があれば,Beukersによる保型形式を用いた "Aperyの証明の説明" や,ある種のK3曲面の族との関係についても述べたいと思います(これらは完全に "お話" です).

最近の "何でもゼミ" は "高レベル化" が著しいようですが,今回の話は学部生にも十分分かるように心がけたいと思っています.


1/25 タイトル:ホモトピー代数入門

発表者:萩原 啓 氏

内容: 普通ホモトピー論といわれるものは位相空間のカテゴリーに於いて行なわれるものですが、このカテゴリーの持つ幾つかの性質を公理化することで、より一般のカテゴリーに於いても、ある程度までホモトピー論を展開することが可能となります。これがホモトピー代数であり、これを行なうことのできる(いくつかの公理を満たす)カテゴリーをモデルカテゴリーと呼びます。

今回はその入門として、モデルカテゴリーの基本的な性質、具体的にはloop関手、suspension関手及びホモトピー完全系列の構成、を行なう予定です。基本的には抽象的にできることだけをやるつもりですが、時間が許せばいくつかの例にも触れる予定です。

予備知識としては、論理的には、カテゴリー論の基本的な用語を知っていればまず問題はないでしょうが、ホモトピー論について多少知っていたほうが理解の助けにはなると思います。そうはいっても、ホモトピー完全系列という言葉を聞いたことがあれば十分 でしょう。